『勝手に生きろ!』チャールズブコウスキー著

書籍

原題『FACTOTUM』

 

 初めに、まずこのブログは書評なのですが、コンセプトが決まっています。

ストーリー性のある作品の筋やネタバレを書く気はありません。

 私にも一応、作品に対して求めるものがありまして、「この一行のために」と言う一念を持って書かれたような作品が好みなわけです。

 本当に作者がそんなつもりで書いたかどうかはさて置いて、そのような観点で書評を書いてみることにします。

 当ブログのテーマにしている「底辺互助会」「弱いやつ同士助け合わないと誰が助けてくれるって言うんだ?」のフレーズは、ブコウスキーの『勝手に生きろ』からの抜粋です。いえ、本通にこのテーマに近いのは、これがマットディロン主演で映画化されたバージョンの『酔いどれ詩人になるまえに』のほうですね。

 マットディロン版の前には、ミッキーローク版の『バーフライ』も同じく『勝手に生きろ!』原作映画がありますね。ブコウスキーの分身であるヘンリーチナスキーが、いかにも軽薄そうなミッキーロークってのはいただけない。あれはあれで好きな映画なのだけど、ヘンリーチナスキーらしいのはやっぱりマットディロンですよ。

 なんて書いてながらも、本作『勝手に生きろ!』は、ブコウスキー二十七歳のころを舞台にした自伝的小説なので、『酔いどれ詩人になるまえに(2005年作品)』でのマットディロン(2005年当時四十一歳)では相当な原作クラッシュになるわけですね。

 それにしたとしても、マットディロンがこのブコウスキー作品の映像化で、いつものようにあの猫背でいかにも不器用そうな風情で「弱いやつ同士助け合わないと誰が助けてくれると思うんだ? 紳士ではないにしてもせめて腐れ外道にはなるなよ(当方オリジナル意訳)」と叫ぶシーンを思い浮かべてみてください。映画や文学を好む人で心動かない人はおらんはずだ。

 この部分、ブコウスキー作、都甲幸治訳、河出文庫によると、女と競馬場の自由席で、競馬新聞を座席に置いて席を専有したしたつもりで、離れてバーへ一杯飲みに行ったヘンリー。席に戻ってみると、置いておいた新聞紙の上に見知らぬ老人が座っている。自分が占有している席だと言う意味で新聞を置いているのに、その上にわざわざ座るなんて酷いだろと抗議するヘンリー。しかし老人は「ここは指定席じゃないだろ」と言い返す。一見よくあるトラブルなのですが、ここでマットディロン演じるヘンリーが言います。

「予約席じゃないことは知ってます。でも、こんなの当たり前の礼儀でしょ。ねえ……おれやあんたみたいに貧乏で、予約席を取れない人が、ここはおれの席だよって印に新聞紙を置くんですよ。暗号みたいなもんでしょう。礼儀の暗号……だって、貧乏人同士親切にしなかったら、誰が親切にしてくれるって言うんです」

 このあと原作でこの老人が更に開き直って、ヘンリー達の新聞紙の上から退かずに、足を開いて周りにも座れなくするように意地悪します。そこでのヘンリーの発言が、「紳士じゃないなら、せめて下衆野郎にはならないでくれ」である。

 しかし老人は、自分は貧乏人ではない。不動産屋で年間六万ドル稼ぐほどだと小金持ち自慢をする。

 かたや指定席のチケットも買えない貧しい弱者で、かたや小金は稼いでいるが心の貧しい弱者。そんな見方で良いのだろうか?

 昔から使われる言い回しで、肩書き自慢なんて奴隷が自分を縛る鎖の太さを自慢し合うようなものってのがありますが、その手の話ですねこれは。

 弱い奴が別ジャンルで弱い奴と攻撃し合う。世の中はすべからくこれで、年収六百万円の奴が年収三百万円のやつを叩く。そしてそいつは年収一千万円のやつに顎で使われる。しかしそいつらがそんなことで張り合うシステムを作ってる奴らは秘密裏に数十億円もらって税金も納めない、更に哀れで小賢しい奴らです。全ては底辺での足の引っ張り合い。

 話の筋はともかく、弱いやつ同士が助け合わないと誰も助けてくれないのは本当です。

 弱い奴が他の弱い奴と叩き合ってても、あなただけをどこからともなく強い人が来て、上から引っ張り上げてくれるなんてことはあり得ませんね。どこかの強くて偉い人は、弱い奴が苦しんでいるのをを見ても、「自己責任ですね。ウフフ」なんて具合です。

 現代の教育ママが、自分が損しても困ってる他人を助けろなんて教えるわけがない。他人を蹴落としてでも良い点を取りなさい。隣の同輩を押し除けてでも良い会社に入りなさい。これが全てで、そんなのは今に始まった事ではないでしょう? 親が子どもの幸せを願わないわけがないので、この教えは正しい。自分が不幸にならないことも親孝行の一種です。

 当たり前のように弱者同士叩き合って何が悪いのかと、何でそんなことを考えるのかと言うと、これはもうそんなのは私の主義に反するからとしか言いようがない。

 ブコウスキーもそんな奴なんでしょうね。

 そんなこんなで、この小説で私が一番好きなフレーズは、「貧乏人同士親切にしなかったら、誰が親切にしてくれるって言うんです」の部分と言いたいところですが、本当のところ一番私が主人公ヘンリーに感情移入出来たフレーズは、「おれは鏡なんて絶対に見ない」ってところでした。

 あえてそのフレーズが出て来た脈絡に関しては書きませんが、これは絶対に同意できる話です。

 もちろん私も鏡なんて絶対に見ない。いや、髭を剃るときくらいしか見ない。だって自分の顔なんてまともに見ると、とても精神衛生上よろしくない気がするから。

返信転送リアクションを追加

コメント

タイトルとURLをコピーしました